「あなたの心に…」

 

 

 

Act.8 お味はいかが?

 

 

 私はかなり焦っていたの。下手したら遅刻じゃない!

 ママは起きてこなかったから、直接お願いすることができなかったわ。

 ごめんなさい、後片付けお願い、ね?

 私のお弁当もこのサンドイッチにするしかないわね!

 急いでタッパー2つに詰めて、修羅場と化した家から飛び出したの。

 

 ふぅ…、焦ってないように走るってのは結構難しいわね。

 はぁ…、この虚栄心ってのも私の欠点だとわかってるんだけどね、簡単には直らないわ。

 私って欠点が多いんだから、隠さないといけないのよ。

 はは、好戦的ってのだけは、絶対に隠せないんだけどね。

 誰に似たんだろ?パパじゃないわね。じゃ、ママ?

 あの笑顔の下に好戦的な性格が隠されてるの?もしそうなら、怖いわね。

 そういやママって、どうしてパパと結婚したのかな?

 ママは、美人で、スタイルが良くて、頭が良くて、家事もできて…、

 私は知らないけど仕事もバリバリしていたみたい、ホントにスーパーウーマンよ。

 私…、ママみたいになる自信なんてないよ…。

 はぁはぁ…、徹夜明けで…走りながら…考えることじゃないわね。

 恋か…、どうしてみんなあんなに夢中になれるんだろ?

 マナなんか死んでるのにアイツにベタぼれだし、

 ママもパパに夢中よね、まだ日本に来れないから不機嫌この上ないもん、

 ヒカリだってあの鈴原を好きなことなんかすぐわかっちゃった。

 でも…好きって気持ちがわかんない。

 ハンバーグが好きとか、レッサーパンダが好きって…、

 そんなのとは違うって事はわかってんの。

 でも、それがどう違うのかってことは全然わかんない。

 知りたいのかな?私。

 そりゃあ興味はあるわ。

 毎日毎日、マナの惚気聞いてたら…。

 好奇心は旺盛なんだもん、私は!

 でも、無理に知りたくない…。そっとしておきたい…。

 そう思ってることも確かね。

 あぁっ!校門じゃない!走り過ぎるとこだったわ!

 

「めずらしいわね、アスカがギリギリなんて」

「は、はは、は…」

「無理に笑わないほうがいいわよ。顔引きつってるわ」

 そ、そうね。ありがと、ヒカリ。

 これから勝負なんだから、息整えて…。

 アイツはいつものように窓の外を見ている。

「おはよ、お隣さん」

「あ、おはよう…」

 相変わらずのマイペースで、アイツは机の上に置いてあった教科書を持った。

「じゃ、これで最後だね」

 私はこっちの教科書の上に、
 サンドイッチのタッパーの包みを載せて、アイツの机に置いたわ。

 ふふ、アイツが戸惑ってる。

「えっと、これは…?」

「お礼よ。お礼のお弁当」

「僕、そんなつもりで…。受け取れないよ」

 うきっ!なんてヤツ!あ、駄目駄目、ここで怒っちゃ台無しよね、マナ。

「ごめんね。でもせっかく作ってきたんだから、食べて」

 くわっ!わ、私の口から出たとは思えないような…、
 なんてしおらしい台詞かしら。やればできるじゃない、アスカ!

「あ、ごめん…じゃ…」

 アイツは自分のペースを乱されたから、少し顔を赤らめているわ。

 よし!少しずつ動揺させて、元のアンタに戻してやるからね!

 ふっふっふ…。楽しみだわ。

 

「アスカ?あれって」

「ん?ああ、ただのお礼よ。借りは返さなきゃね」

 後ろから小声で問い掛けてきたヒカリに、私は平然と答えたわ。

 さて、1時間目は社会ね。

 はん!余裕で考え事ができるわ。

 

 え〜と、これからどうするかよね。

 マナは嫌がってるけど、やっぱり誰かをアイツにあてがうのが一番の近道よ。

 でもマナを忘れられるような相手じゃないと駄目だし…。

 そうよね、マナと同じ系統じゃいけないわね。

 マナと逆パターンといえば、
 まず、『おしとやか』。これよね。マナは五月蝿いから、静かな娘がいいわ。

 うん、そしたら暗いアイツとも良く似合うじゃん。

 よし、おとなしくて…、顔は…、顔か…?

 そっか、マナだってあれはあれで可愛いもんね。うん、美少女の範疇だわ。

 となると、今度のも美少女ってのが条件よね。

 ま、この中学のNo.1は私だから…。えっと、No.2って誰なんだろ。

 情報収集が必要よね。

 どっちにしてもこのクラスじゃ、マナとのことを知ってるから難しいわね。

 他のクラスか、1年、それとも3年。

 アイツはどっちが好みなんだろ?

 『お兄ちゃん』か、『碇クン』なのか…、わかんないわ。

 う〜ん、とりあえずフリーの美少女をピックアップしなくちゃいけないわね。

 鈴原の友達のあのメガネなら、よく知ってるでしょう。

 アイツを締め上げて、ターゲットを決めるのよ!

 善は急げだわ。次の20分休みに吐かせましょ!

 

「ということで、誰がフリーなの?」

「な、何で女子なんだ。惣流、お前その気があったの、グワッ!」

 踵落しはスカートではできないから、今のは鳩尾へのパンチね。

「違うわよ。ある男にあてがってやろうと思ってね。
で、手頃な…じゃなかった。極上の出物はいない?」

「そ、それは、相手次第だろ。タイプってのがあるし」

「成績優秀、顔は…悪くはないわね、運動神経ほどほど、性格やや暗め」

「おい、それって、まさか、シンジ?」

「そうよ」

「え〜!嘘だろ。シンジを狙ってるのって、惣流じゃないか!ゲフッ!」

 とんでもないこと言うわね!今度は右アッパーよ。

「私がどうしてアイツを狙わなきゃいけないのよ!
 アイツなんかアウトオブ眼中よ」

「そうなのか…?クラスじゃすっかりそう思い込んでるぜ」

 回復力の早いヤツね。要注意だわ。

「で、相手がアイツなら、どうなの?」

「う〜ん、今フリーで、シンジだったら…、
 そうだ!1組の綾波だ。あいつ、フリーだし、シンジと雰囲気合うぞ」

「綾波?」

 私は腰に手をやり仁王立ちになって、メガネをさらに問い詰めたわ。

「そ、そう。綾波レイ。惣流の少し後に転校してきたんだ。
 色白の静かな雰囲気の美少女。2年じゃNo.2だね」

 私は無言の圧力をかけたわ。メガネの眼力を試すために。

「あわわわ、No.1は惣流だよ。俺が言うんだから間違いないよ」

「ふ〜ん、ま、いいわ。自分で確認してみるから」

 私はメガネを屋上に残して、颯爽と教室へ戻ろうとしたわ。

「ちょっと待てよ。どうして惣流がこんなことを」

「頼まれたのよ」

「シンジじゃないだろ。あいつ、まだマナのことを…。誰なんだよ」

 私はその問いには答えず、黙って扉を開けて階段を下りていったの。

 依頼人が、そのマナご本人だなんて、誰も信じないでしょうね。

 

 1組の綾波レイ。

 私は3組だから、体育も一緒じゃないし、面識は全然ないわね。

 どうしようかしら?

 昼休みになったけど、私はサンドイッチを手に持ったままで考えこんでたの。

「アスカ!これ!」

 ん?何かしら?あ、ヒカリにサンドイッチわけてあげたのよね。

 あまりの美味しさに感激して…。

「アスカ、悪いけど、これ食べられない…」

 ヒカリは青い顔をしてる。

 へ?私は悪い予感がして、タッパーを見下ろしたの。

 げ!これ…これって、失敗作の方じゃない!

 もしかしてタッパーに入れるときに間違えたの?

「ひ、ヒカリ、ごめ〜ん。失敗した方、持ってきちゃ、!!!!!!」

「どうしたの?アスカ」

 てことは、てことは、てことは…。

 アイツに渡したのも…。

 ひえぇ〜、どうしよ!マナに殺される!

「ヒカリ!アイツ、どこ?」

「アイツって、碇君?」

「そうよ!アイツよ!どこにいるのよ!」

「えっと、大抵、体育館の横の芝生の辺り…」

 私は加速装置でダッシュしたわ。

 後で机や椅子が転がる音や、ヒカリの悲鳴とかしてたけど、

ごめんね、今はそれどころじゃないの!

 冗談じゃないわ!アイツに渡したのがあの失敗作だなんて!

 まさか…。

 あの中には、アレが入ってるのよ。

 ドリアンサンドなんて臭いさえ我慢したら美味しい方なのよ!

 沢庵のジャムサンドとか、納豆とキャビアのキムチ添えサンドとか、
明太子まぶしご飯のタバスコ味サンドとか…、
み〜んなマナに騙されて作った、とんでもない味のサンドイッチなのよ!

 どこ?アイツは?

 私は超音速で玄関を飛び出して、体育館へ走ったわ。

 

 まずい!断然、まずいじゃない!

 サンドイッチが不味いだけじゃないわ!

 作戦が失敗するどころか、喧嘩を売られたと思われるじゃない!

 お願い!まだ食べないでいてよ!

 

 

 

 

Act.8 お味はいかが?  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第8話です。『感謝のお弁当』編の中編になります。
無理矢理この第8話に挿入できないこともなかったんですが、
怪我で療養中だった鈴原(設定上すまんかったな鈴原)は、クラスに復帰しています。
メガネ男も登場していますが、
アスカの主観ですから彼女が名前を呼ぼうと思わない限り、お名前は登場しません。
だってシンジでさえ、まだ『アイツ』ですから。